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東京高等裁判所 昭和44年(ラ)717号 決定

第六六九号事件抗告人・第七一七号事件相手方 石川フク 外二名

第六六九号事件相手方・第七一七号事件抗告人 小島伊佐夫こと小嶋伊佐夫

主文

原決定を次のとおり変更する。

借地人石川フク、同石川敏子および同森茂子が地主小嶋伊佐夫に対し、原決定別紙目録記載の借地権および各建物を代金一八六七万四〇〇〇円で売渡すことを命ずる。

借地人らは地主に対し、右代金の支払を受けるのと引換えに、右各建物の引渡および所有権移転登記手続をせよ。

理由

以下において第六六九号事件抗告人を借地人と、第七一七号事件抗告人を地主という。

一、抗告の趣旨

(第六六九号事件)

「1、原決定を取消す。

2、借地人石川フク、同石川敏子および同森茂子と地主小嶋伊佐夫との間の原決定別紙目録記載借地に対する借地契約を堅固な建物の所有を目的とするものに変更する。

3、右借地人らが右借地の賃借権を譲渡することを認める。」

予備的に、

「原決定を次のとおり変更する。

1、借地人石川フク、同石川敏子および同森茂子は、地主小嶋伊佐夫に対し、原決定別紙目録記載の各建物(ただし(二)の建物は同目録記載借地上に存する一五平方メートルの部分のみ)および借地権を代金四〇〇三万二九〇〇円で売渡すことを命ずる。

2、右地主は自己の費用負担で、右目録記載(一)の建物中右借地上に存在する部分以外の部分を除去し、同(二)の建物中右借地上に存在する部分とその余の部分とを構造上区分し(基礎、柱、壁等をこの建物の区分にふさわしいものとする等)これを区分所有権の対象たるに適する一個の住居用建物として完成残置しなければならない。

3、右借地人らは共同で右地主に対し、同人が前項の義務を履行し第一項の代金の支払をするのと引換に、右建物および建物部分の引渡ならびにその所有権移転登記手続をしなければならない。」

との裁判を求める。

(第七一七号事件)

原決定主文第一項の建物および借地権の売渡代金額を適正額に減額して変更する裁判を求める。

二、抗告理由の要旨

(第六六九号事件)

1、原決定は、原審における鑑定委員会の意見を援用し、本件借地契約を普通建物所有の目的から堅固建物所有の目的に変更するには、未だ借地法第八条の二第一項に定める条件変更の相当性が認められないとしているけれども、右鑑定委員会の意見は、昭和四〇年五月漫然従前のまま木造建物所有の目的として本件借地契約を更新した当時とその四年経過後とを対比し、特別事情の変更があつたとは認められないというもので、これは最初に借地契約を締結した昭和二〇年五月当時と対比すべきなのに法律の解釈を誤つて契約更新当時と対比したものであり、昭和二〇年五月当時と現在とでは本件土地付近の状況が明らかに変化しているのであつて、本件借地条件の変更を許すのが相当である。

2、原決定は地主が本件各建物および本件借地権を優先買受する場合の価格を金一八四〇万一〇〇〇円としているが、その認定理由には矛盾、くいちがいがあり、金四〇〇三万二九〇〇円とするのが相当である。

(イ) 原決定は、借地人らの先代石川稲蔵が本件土地に防空壕を掘つて貯蔵していた砂糖が隠匿物資である旨、また当時地主の小嶋伊佐夫が若年であつて義兄飯山義一が事実上その後見人となつていた旨認定しているが、いずれも事実に反する。さらに稲蔵が右砂糖見張りのため仮小屋を建てていた旨、あたかも一時使用の目的で本件土地を借受けたかの如く判断しているのも誤りである。原決定の判断はこれらの事実誤認から出発している。

ことに稲蔵が隣接する自己所有地の日照、景観、眺望を確保するため本件土地を借受け、稲蔵と伊佐夫との間に本件土地上の立木を伐採せずそのままとして使用する旨の口頭の特約があつたという原決定の認定は誤認であり、当時若干立木があつたとしても、伊佐夫においてその撤去が面倒なためそのまま本件土地を稲蔵に引渡したもので、その際伊佐夫が立木の所有権を放棄したものと考えるべきである。稲蔵が最初に本件土地を借受けた昭和二〇年当時も賃貸借契約書を作成した昭和二八年当時も、東京近辺では土地の賃貸借に際し権利金を授受する慣習がなかつたのであるから、権利金の授受が行われなかつたことから右のような特約があつたと推認することはできない。

(ロ) 昭和二八年一〇月賃貸借契約書を作成した際は、賃借地の面積を正確に測量せずに五五〇坪と定め(飯山が足巾で測つた事実はない)、一か月の賃料を坪当り金三円五〇銭の割合で金二〇〇〇円としたが、その後昭和四〇年五月一日期間満了に伴う更新の際正確に測量し、五〇六坪を賃借してそのほかの約五〇坪を返地するとともに、更新料として金三〇〇万円を支払い、かつ一か月の賃料を坪当り金二〇円の割合で金一万〇一二〇円と定めた。東京近辺の土地の更新料は借地権価格の五%ないし一〇%であるから、右のように更新料が金三〇〇万円とされたことは、昭和四〇年当時稲蔵も地主伊佐夫も本件土地の借地権価格を金三〇〇〇万円以上(坪当り約金六万円)と考えていたことを推測させるのである(約五〇坪の返地分を坪当り金六万円で計算すると実質的には金六〇〇万円の更新料となる)。しかも本件土地の地価は昭和四〇年から昭和四四年までに二倍以上に騰貴しているのであるから、原決定が認定した借地権価格は明らかに実体から遊離しているのである。

(ハ) 本件土地は住宅二棟が建つていて住宅の用に供している土地であり、たまたま庭として使用されている部分が若干広いからといつて、これを公園的または庭園的、遊歩道路的、景色観賞的目的に使用しているものとするのは不当である。建物所有の目的で土地賃貸借契約が締結され、また契約更新の際にもその趣旨での更新料が支払われているのである。原決定のこの点についての判断は、証拠に基かない全くの独断である。

(ニ) 原審鑑定委員会の意見では、借地人らが借地を地主に返還する際は、借地権価格から地価の値上り利益の地主に対する配分としてその二〇%を差引いた額をもつて地主の譲受価格とすべきであるとしているけれども、そのような慣習は全く存しない。仮に地価の値上り利益をいくらか地主に配分すべきであるとしても、約定の賃貸借期間二〇年で二〇%配分すべきであるから、五年経過した時点では二〇%の二〇分の五すなわち五%を配分すれば足りるというべきである。

(ホ) 以上の諸点を勘案すると、本件において地主が借地人らに支払うべき優先譲受の対価は、原審鑑定委員会の意見による本件借地五〇六坪の借地権価格金三八九六万二〇〇〇円(坪当り金七七〇〇円)から地主に対する地価値上り利益の配分としてその五%に当る金一九四万八一〇〇円を差引いた金三七〇一万三九〇〇円に、更新料の未経過分金二四〇万円および建物代金六一万九〇〇〇円を加えた金四〇〇三万二九〇〇円となる。

3、原決定は、本件各建物の内部構造を十分調査せず、単に区分所有権の対象たりうるように取毀すべきことを命じているが、台所、便所、浴室、廊下等に細分化している木造住宅を、便所だけとか便所と浴室だけとかを残して区分所有権の対象となるように取毀すことは不可能である。

(第七一七号事件)

原決定は地主の本件各建物および本件賃借権の優先譲受価格を金一八四〇万一〇〇〇円としているが、本件借地契約成立の経緯およびその後の経過について原決定認定の事実のほかなお次の諸点をも斟酌し、より低い額をもつて適正額とすべきである。

1、地主伊佐夫は、借地人らの先代稲蔵に対し、防空壕を堀つて砂糖を貯蔵するために無償で本件土地の使用を認め、その後右防空壕を掘つたため土砂が崩れて損害を受けたときも当時はその賠償を請求せず、このように当初は恩情的好意的に本件土地の使用を認めたのであり、さらにその後昭和二〇年五月に賃貸した際には権利金等の授受もせず、賃料は右昭和二〇年五月当時一か月金五〇円、その後次第に値上げしたが昭和二八年一〇月からは金二〇〇〇円という低廉な額であつた。

昭和四〇年五月一日借地契約を更新し、稲蔵から地主に三回に分割して合計金三〇〇万円が支払われたが、これは前記のように防空壕を掘つて土砂が崩れたため地主が被つた損害の賠償、昭和二〇年五月以前の無償使用の代償、その後の低廉な地代の填補、かつて地主の土蔵を無償で使用させてもらつたことの謝礼等の意味で支払われたものであつて、世上一般の更新料(権利金)ではなく、地主の優先買受価格を判断するについては考慮に入れる余地のないものである。

2、昭和二〇年五月の借地契約は、本件土地の北側に隣接する稲蔵所有地の日照、景観、眺望を確保する目的のものであつたのに、稲蔵はその後地主に無断で本件土地上にまたがつて建物を増築した。右借地契約の更新につき昭和四〇年五月二六日作成した公正証書に「本造建物を所有することを目的として」とあるのは、単に便宜的にしたものにすぎず、借地の目的はあくまでも右のとおりであつたのである。このことは、本件土地の南側が急傾斜地であり、しかも本件土地上に樹令五〇年の松の木が乱立していて、本件土地の全面積五〇六坪のうち宅地として使用できる部分が約一〇〇坪にすぎない点からも明らかである。したがつて本件土地全部について借地法の適用がない。また仮に地主が借地権を買受けるとしても、その買受代金額を決定するにつき、建物所有の目的に供しうる土地が約一〇〇坪であることを十分斟酌すべきである。

3、仮に本件土地につき借地法の適用があるとしても、借地人らは、過去の事情を一切無視し、先代稲蔵の遺産相続に伴う相続税を捻出するため、本件借地権譲渡の許可および借地条件変更の申立に及んだものであつて、他に相続財産がないとは考えられないのに、地主の負担において右税金を捻出させる結果となるような右申立は、権利の乱用として許さるべきではなく、むしろ借地人らは、過去における地主の好意に感謝して、無償で本件土地を地主に返還するのが当然である。

4、本件各建物は稲蔵が地主に無断で増築した結果本件土地上に存在することとなつたものであつて、この点は右各建物の買受価格を判断するについて当然考慮すべきである。

三、当裁判所の判断

1、地主の抗告理由中には本件賃貸借契約は建物所有を目的とするものではないと主張する部分があるけれども、借地人らの先代稲蔵と地主伊佐夫との間の昭和二八年一〇月一一日付土地賃貸借契約証書(甲第一一号証)および昭和四〇年五月二六日付土地賃貸借契約公正証書(甲第一号証)によれば、普通建物の所有を目的として本件土地の賃貸借契約が締結されたことは明らかである。もつとも、稲蔵が本件土地を賃借した主要な理由が、その北側に隣接する自己所有地と併せて本件土地を使用することにより、自己所有地のための日照および眺望をも確保しようとしたことにあつたと考えられ、また本件土地のうち建物が建築されている部分はごく僅かで、大部分は山林的様相のまま庭および通路として使用されてきたことは後記のとおりであるけれども、これらの事情があるからといつて、本件賃貸借契約がその契約書の文言にかかわらず建物所有の目的以外の目的のものであつたとすることはできない。本件賃貸借には借地法の適用があるというべきである。

また地主は、借地人らの借地条件の変更および賃借権譲渡の承諾に代わる許可の裁判を求める申立は権利の乱用であると主張するけれども、本件における全資料によつても借地人らの右申立を権利の乱用とすべき事由は発見しがたいから、地主の右主張は採用できない。

2、第六六九号事件において、借地人らは主位的な抗告の趣旨として、原決定を取消し、借地条件の変更および賃借権譲渡の承諾に代わる許可の裁判をすることを求めているけれども、借地権者から借地法第九条の二第一項の規定による賃借権譲渡の承諾に代る許可の裁判を求める適法な申立があつた場合において、賃貸人から同条第三項の規定による自ら地上建物および賃借権の譲渡を受くべき旨の申立があつたときは、裁判所は、右賃貸人からの優先譲受の申立が適法になされたものであるかぎり、これについて裁判すべきであつて、もはや借地権者からの右申立について裁判することはできないと解すべきところ、本件においては、地主からの優先譲受の申立を不適法とすべき事由は発見しがたいから、地主からの右申立について裁判するほかなく、また借地人らからの借地条件変更の申立は、賃借権そのものを地主に譲渡しなければならなくなつた以上、その申立の実体的な基礎が喪失するに至つたものというべきであつて、この申立についてももはや裁判するに由ないのであるから、結局原決定が地主からの優先譲受の申立のみについて裁判をしたのは相当であり、借地人らの前記主位的趣旨による抗告は理由がない。

3、原決定が定めた本件賃借権の優先譲受の対価につき、借地人らは高額に失すると主張し、地主は低額に失すると主張するので、以下本件資料に基いて検討する。

本件土地は、北西に高く南東に低い台地の突端を形成し、東側および南側は高さ五米ないし一五米位の崖となつており、全体として松の木が生えた山林的様相のままで、宅地としての特別の整地はされていない土地であり、原審における鑑定委員会のみるところでは、本件土地を立木を切らずに現況のまま宅地として使用する場合の有効面積は約三三〇平方米(約一〇〇坪)とされている。また本件土地は公道に接しておらず、南側の同筆の土地の残余の部分および他の地主伊佐夫所有地を経て公道への通路を開設することもできるが、前記のとおり南側は崖地であるうえ、駅(東横線日吉駅)へ出るためにはかなり遠廻りとなり、北側に隣接する借地人ら所有地を通行して公道に出るのが最も便利でかつ自然である。

稲蔵と地主伊佐夫との間の本件土地の賃貸借契約が普通建物所有を目的として締結されたものと認むべきことは前記のとおりであるが、本件土地の上記のような位置および形状からすれば、その北側隣接地の所有者であつた稲蔵としては、本件土地を他人が使用するときは自己所有地の日照および眺望をさまたげられるおそれがあり、これを避けるためには本件土地を自己所有地と併せて自ら使用することが望ましく、これが本件土地を賃借した主要な理由であつたことがうかがわれ、したがつて稲蔵は、本件土地全部を整地して宅地として使用するまでの必要があつたわけではなく、本作土地上には、自己所有地と本件土地とにまたがつて建築した原決定別紙目録記載(一)および(二)の居宅二棟を併せて床面積合計約一〇〇平方米(約三一坪)の部分および同目録記載(三)の床面積二四・七九平方米(七坪五合)の物置一棟を建築したのみであつて、本件土地のそのほかの部分は、山林的様相を残したまま庭および通路として使用してきたのである。そして前記稲蔵と地主伊佐夫との間の昭和四〇年五月二六日付土地賃貸借契約公正証書(甲第一号証)には、賃貸人の許諾なく土砂の搬出等土地の原状を変更するようなことをしないこと、許諾なく変更したときはこれを原状に復して返還することとの条項(第六条)があり、これによると稲蔵は、地主の許諾がないかぎり本件土地を現況のまま使用することを約したものということができる。

以上のような事情を勘案すると、本件借地権はかなり特殊なものであり、その借地権価格ないし地主の優先譲受の対価を判断するに当つてはこの点を考慮する必要があるところ、一般に賃貸人と借地権者との間で約定された賃料額は、特段の事情がないかぎりその賃貸借の特殊事情を加味して双方が納得した額を示していると考えられ、ことに借地権者から賃貸人に賃借権を譲渡する場合の対価を判断するには、右の賃料額を基礎として考察することによつて妥当な結果を得られると思われる。本件においては、前記稲蔵と地主伊佐夫との間の昭和四〇年五月二六日付土地賃貸借契約公正証書(甲第一号証)により賃料は同月一日から一か月金一万〇一二〇円(三・三平方米当り金二〇円の割合となる)と定められたところ、地主提出の株式会社東神不動産作成の不動産鑑定評価書(乙第二号証)によれば、昭和四〇年五月現在の右賃料額を基礎とし、右賃料の本件土地の更地価格に対する年間利回りを〇・八%、昭和四五年一月までの地価上昇率を一・七五倍、賃貸人が借地権の譲渡を受ける場合の借地権価格を更地価格の六〇%(第三者に譲渡する場合は六七%で、これから名義書替料に相当する七%を控除する)として、昭和四五年一月において地主が本件借地権の譲渡を受ける場合の借地権価格を求めると金一五八九万一〇〇〇円となるというのであつて、原決定が認定した金一五三八万二〇〇〇円は、これと対比して、変更をしなければならないほど相当性を欠くものとはいいがたい。したがつて仮に原決定に借地人ら主張のような事実誤認があつたとしても、その結果原決定が不相当な金額を認定したものとはいえない。

稲蔵が地主伊佐夫に対し前記公正証書により契約を更新したのに伴つて支払つた金三〇〇万円がいかなる性質のものであるかについては、当事者間に争いがあるのであるが、前記のような事情からすると、稲蔵としては自己所有地との関係上本件土地を引続き自ら使用する必要が強かつたと考えられ、一方地主伊佐夫に代つて稲蔵との交渉に当つた飯山義一(稲蔵の病死した先妻の兄で地主伊佐夫の妻の父)の原審における証言からすると、同人が稲蔵に対し恩義を忘れているとしてきびしい態度でのぞんだことがうかがわれるのであつて、その結果契約の更新にあたり金三〇〇万円というかなり高額の金員の支払がなされるに至つたものと思われる。したがつて、右金額がそのまま一般の更新料と比準できるものとは考えられず、借地人ら主張のように単純に右金額を基礎として当事者が考えていたであろう借地権価格を推算するのは相当でない(なお借地人ら主張のように、契約更新の際実測の結果借地の約定坪数が減少したからといつて、その減少分を返地したものとし、これを更新料に加算するのは納得しがたいところである)。また地主主張のように、右金三〇〇万円が契約更新前における稲蔵の本件土地の使用に関連した損害賠償、低廉な地代の補償その他の謝礼の趣旨のものにすぎないと認めるに足る十分な資料はなく、かえつてその金額からみて権利金的性質が強いものというべきであつて、原決定が、右金員のうち約定賃借期間の未経過分に相当する金額を加算して、本件借地権優先譲受の対価を定めたのは相当である。

4、地主は、本件各建物は稲蔵が地主に無断で増築したため本作土地上に存在するようになつたものであり、建物譲受価格を決定するにはこの点を考慮すべきであると主張するが、借地人らが本件借地権に基き本件土地上に本件各建物を所有するものであることは本件資料によつて明らかであるから、右主張は採用の限りでない。

次に原決定は、地主に対し、自己の費用負担で、原決定別紙目録記載(二)の建物中本件借地上に存在する部分とその余の部分とを構造上区分し(基礎、柱、壁等をこの建物の区分に相応しいものとする等)これを区分所有権の対象たるに適する状態にしなければならない旨命じているところ、借地人らは右建物を区分所有権の対象となりうるように取毀すことは不可能であると主張する。原決定の右部分は、地主に対して右内容の工事を施行するよう命じているものではあるが、その反面借地人らに対してもその所有建物に地主が右内容の工事を施行することを受忍するよう命じている趣旨を含むと解されるから、借地人はこれに対し即時抗告をもつて不服を申し立てることができるというべきである。ところで原決定のように、地主に対してその所有ではない借地人ら所有の建物に工事を加えることを命ずることが許されるか疑問があるのみならず、借地人ら主張のように、区分所有権の対象たるに適する状態にせよと抽象的にいつても、具体的にいかなる工事をすべきか明確でなく、実際上他人所有の居宅である建物にそのような工事を加えることは不可能に近いであろう。原決定はその理由中に「その基礎、柱、壁等を残存部分の使用にも支障なく、体裁上も相当の意を用い、誠意をもつて補修して、それぞれ構造上独立のものとし、区分所有権の客体たるに適した状態にするのが妥当である」旨説示しているが、これによつてもなすべき工事の内容は具体的に明確といいがたく、また原決定が指摘する最高裁判所昭和四二年九月二九日第二小法廷判決は、借地上の建物を取得した者が土地賃貸人に対し借地法第一〇条に基き建物の買取を請求する場合について、建物取得者は自己所有の当該建物のうち借地上に存する部分を区分所有権の客体たるに適する状態にした後初めて買取請求ができる旨判示したものであり、本件のように同法第九条の二第三項に基き土地賃貸人から建物および賃借権の優先譲受の申立があつた事案において、申立人たる土地賃貸人を右の判例における建物買取請求をした建物取得者と同様の立場にあると考えるのは相当でない。もつとも借地権者が借地上に建築した建物部分が区分所有権の客体たるに適した状態にないからといつて、土地賃貸人の優先譲受の申立を不適法とするのも早計であつて、なお制度の趣旨を酌んで検討する必要がある。元来借地法第九条の二第三項の規定は、借地権者が借地上の建物を第三者に譲渡しようとして土地賃借権の譲渡についての賃貸人の承諾に代わる許可の裁判を求めた場合に、賃貸人が第三者との間に賃貸借関係を生ずることを好まず、自らその建物および賃借権の譲渡を受けることを希望するときは、賃貸人をして借地権者に相当の対価を支払わせてその建物および賃借権を買受けさせ、これによつて借地権者には建物および賃借権の交換価値の実現という目的を果させ、また賃貸人には賃借権を自己の手に回収する機会を与え、双方の利害を調整しようとしたものである。借地権者が第三者に譲渡しようとする居宅たる建物が、借地上とこれに隣接する借地権者所有地上とにまたがつて存在し、かつ区分所有権の客体たるに適する状態にない場合には、借地権者は建物一棟全部を譲渡の客体とするほかなく、その建物一棟全部の交換価値の実現をはかろうとしているのであるから、右建物が、そのうち借地上に存在する部分が極めて僅かであつて、残余の借地権者所有地上に存在する部分のみでも支障なく独立の居宅として使用でき、かつ借地上に存在する部分を除去しても建物の価値を著るしく損じないような状態にある場合は、なお建物の所有権を借地権者の手にとどめて借地上に存在する部分を除去させるのが相当であると考えられるが、建物が右のような状態にない場合には、賃貸人をして建物一棟全部の対価を支払つてこれを買受けさせるのが、双方の利害調整の観点から公平かつ妥当であつて、右規定の趣旨に合致し相当であると考える。もつとも後者の場合には、賃貸人は、右建物のうち借地権者所有地上に存在する部分については、借地権者からその敷地の使用権限の設定を受けないかぎり、これを収去する(自己所有地上に曳き移すか、解体して移築するか、取毀すか等)ほかないけれども、これは建物が一棟全部でなければ買受の客体とすることができないことから生じた結果であつて、やむをえぬところというほかない。原決定別紙目録記載(二)の建物は、その床面積の約五分の一が地主所有地上に存在し、これを除去すれば建物の価値を著るしく損ずるものと考えられるので、地主をして右建物一棟全部を買受けさせるのが相当というべきである。

そして右買受の対価は、原審における鑑定委員会の意見である三・三平方米(一坪当り)金一万五〇〇〇円を採用し、全床面積七五・二〇平方米(二二坪七合五勺)につき金三四万一〇〇〇円(千円未満切捨)とする。

5、原決定が、右建物と同じく本件土地および借地人ら所有地上にまたがつて存在する原決定別紙目録記載(一)の建物につき、その大部分が本件土地上にあることを理由として、その一棟全部を地主をして買受けさせることとしたのは、前述したところに照らし相当であるが、そのうち本件土地上に存在する部分以外の部分を除去するよう地主に命じたのは、借地法第九条の二第三項による裁判の範囲を超えたもので不法である。すなわち同条項は、「相当ノ対価」を定めて譲渡を命ずることができることおよびその裁判において当事者双方に同時履行を命ずることができることを定めているだけだからである(なお同法第一四条の一一により、給付を命ずる裁判には裁判上の和解と同一の執行力があることも考慮すべきである)。地主伊佐夫は、借地人らからその敷地部分についての使用権限を与えられないかぎり、右建物部分を収去せざるをえないけれども、これは本件土地の借地権に関する問題ではなく、借地人らの右敷地の所有権との関係における問題であり、今後の当事者間の交渉によつて解決を期待するほかない。

原決定別紙目録記載(一)および(三)の各建物の対価については、原決定と同様に定める。

6、よつて以上の趣旨にしたがい原決定を一部変更することとして、主文のとおり決定する。

(裁判官 菅野啓蔵 小林信次 中平健吉)

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